QE-LABO 札幌でフリーコピーライター/デザイナーとして活動する五十嵐渉による、
問い(Question?)と気付き(Exclamation!)の発信基地。いろんな問いをお届けします。

疲れすぎて眠れぬ夜のために

『疲れすぎて眠れぬ夜のために』を読んで

内田樹=著、角川文庫

 

最近はまっている内田先生の本を読んでみました。『疲れすぎて眠れぬ夜のために』というある意味今まで読んだ内田先生の本のイメージとは違う本を選んでみましたが、やはり中身は内田先生らしい現代社会の分析にあふれていて、非常に面白かったです。

 

この本の主題は「無理はいけないよ」だと内田先生は言います。
しかしそれは単にのんびり行こうよということではなく、「自分らしく」とか、「過剰な物欲と向上心」とか、そういった生き方を奨励してきた「弊害」もあるんじゃない?一旦ゆっくり考えてみない?といった、ある意味警鐘を鳴らすような内容だったと思います。
まずは印象に残ったフレーズを書き出してみようと思います。

 

1章『自分の可能性を最大化するためには、自分の可能性には限界があるということを知っておく必要があります。』

2章『自分たちが呼吸している当の社会制度が、「ほんの少し前」に、ある世代の人々の暗黙の同意の上に作られた、ただの「舞台の書き割り」にすぎないということに気づいていないのです。』

3章『定型があるものの方が「飽きない」のです。』

4章『今の日本の最大の問題点は「あまりに、みんな似すぎてしまった」ということだと僕は思っているのです。』

5章『ぼくたちは誰かの欲望を模倣し、誰かに自分の欲望を模倣させるというかたちでしかコミュニケーションを立ち上げられないからです。』

 

この本は全部で5章に分かれているので、各章から1文ずつ抜き出してみました。冒頭で書いてあることがあとがきのまとめなので、全部で6つの要素ということになります。
内田先生の本の特徴は「一見するとバラバラに見える事柄を、ある視点で見てみると繋がって見える」というような書き方がされている所にあると思います。うっかりぼぉーっと読んでしまうと「一体何が言いたい本なんだ?」と、わからなくなってしまうこともあるんじゃないかというほどに、内田先生の視点は広く、多角的なのです。
この本もそういったバラバラな視点を繋げて書かれていると思います。なので、各章から1フレーズを抜き出すと言うことは、この本を語る上では「かなり危険な」やり方だと思います。だって、そもそもがバラバラなのだから、そこから一部分だけ抜き出したら、余計に分からなくなる可能性がありますから。

 

試しに、それぞれの章の題名だけ抜き出してみましょうか。

 

1章『心耳を澄ます』

2章『働くことに疲れたら』

3章『身体の感覚を蘇らせる』

4章『「らしく」生きる』

5章『家族を愛するとは』

 

各題名を見てこの本の内容を想像してみてください。どうでしょう?先ほど僕が抜き出したものと見比べてください。どうにも一致しないと思いませんか?

3章の『身体の感覚を蘇らせる』と『定型があるものの方が「飽きない」のです。』が一致するでしょうか?僕はこの本を読んだあとなので、この二つを結びつけることができますが、未読の人には難しいのではないかと思います。
これは別に内田先生の書き方を批判したいのではなくて、むしろその真逆、これこそがこの本の魅力だと思うのです。

僕は、内田先生が語りたい(であろう)ことの「根拠」を1文だけで説明するならこのフレーズだろう、という視点で5つの言葉を選びました。
それに対して、各章のタイトルは内田先生が語りたい(であろう)こと「そのもの」なのだと思います。
「語りたいこと」と「その根拠」がかけ離れていることは、一般的にはわかりにくいことと捉えられるかもしれません。

 

「私はカレーが食べたい。なぜなら私は空腹で、カレーが好きだからです」というのは非常に明快です。「カレーが食べたい」根拠は「空腹かつカレーが好きだから」です。誰が見ても明白です。
今の時代はそういったわかりやすさであふれていて、わかりやすいことが求められています。わかりやすく、伝わりやすく、一目で見てわかる。それが伝えることの大原則であるようにみんなが共通の認識を持っていると思います。僕はデザインを仕事にしていますが、まさにその大原則に沿ることがデザインのスタンダードであるとも感じます。

しかし、内田先生の本からわかることは「わかりやすく伝えることが全てではない」ということです。内田先生が伝えたいことは「日本人としての在り方」だと思います。そもそもそういったテーマを「わかりやすく、伝わりやすく、一目で見てわかる」ように整理することなどできるでしょうか?内田先生はこの本で「答え」を語ってはいません。「一旦みんなで考えてみない?」と言っています。だからこそ内田先生は「いろんな視点」でバラバラに集めたことを繋いで見せてくれたのではないでしょうか。だって、「みんなで考える」って結局はそうなるじゃないですか。それぞれが違う視点でみて、それを繋げて考える。そうやって答えを模索しながら進んでいくのが、集団の在り方なのではないでしょうか。

 

「語りたいこと」と「その根拠」がかけ離れていることで、読者がその間を「自由に」つなげることができる。当然「語りたいこと」も「その根拠」も人によって変わるかもしれないが、それを説明するには「その間」を考えなければならない。
この本を読む人は自然とそういった「考える力」を養えるのかもしれない。

これは僕の壮大な「深読み」です。カッコつけずに言うと「妄想」です。でも、そんな妄想が必要な時代なんじゃないかと思っています。妄想するなんて無駄な時間だって思うかもしれませんが、この本に書かれているのはそんな無駄な時間こそが必要だということなのだと思います。
もちろんただの妄想ではありません。「みんなで一緒に」妄想するのです。
つまりみんなでもっと勉強して、日本のこと、自分たちのこと、これまでのこと、これからのことを考えようよ、ということなのだと思います。

 

最後に一つだけ申し上げたいのは、「僕はこのことを語るために必要な部分だけをこの本からピックアップした」ということです。つまり僕はこの本を僕の語りたいことの「だし」に使ったということです。
そのような方法でこの本を使ったことを著者の内田先生にお詫び申し上げるとともに、熱烈なファンレターとしてここに残しておきたいと思います。