QE-LABO 札幌でフリーコピーライター/デザイナーとして活動する五十嵐渉による、
問い(Question?)と気付き(Exclamation!)の発信基地。いろんな問いをお届けします。

『人を動かす』を読んで

『人を動かす』を読んで

 

D・カーネギー=著、創元社

 

原本初版から80年以上経っても読まれ続ける名著中の名著。

人間関係を良好にする原則がこれでもかと詰め込まれた一冊でした。40年近く前の1981年の改訂版を元にした改訳本とはいえ、それでもひと昔もふた昔前の本である。しかも全て海外の事例を元に書かれているにも関わらず内容に関して現代の日本人である僕が読んでもずれている部分はなく、そのまま実践できることしか書かれていない。そのことからも、この本が普遍で不変な原則を取り扱った本であることがよくわかる。

とにかくこの本に書かれていることは全て「その通り」なのである。

どのようにすれば人に好かれ、人と友好関係を気づき、自分の人生(と相手の人生)にとって幸福な結果をもたらすか。些細でシンプルで、誰もが少し考えれば理解できることなのに実践できていない小さな行動で、人生の幸福を得られるのだと著者は言う。

 

この本はぜひ多くの人に読んでもらいたいと思う。

特に、人間関係や家族関係で上手くいっていない、改善したいと思っている人にはかなり心強い味方になってくれるはずである。

しかしこの本を読むにあたって、僕の個人的な意見ではあるが、少し注意点がある。

これからこの本を読む方、読んだけど効果を実感できていない人はぜひ、これからあげる点に注意して欲しいと思う。

 

この本は「相手を動かす」本ではない。

 

これはもっとも核心的なことである。

この本のタイトルは「人を動かす」であるし、本文を読んでも「どうやったら相手に動いてもらえるか?」という点について書かれていることが多い。だからほとんどの人が「この本は相手を動かす方法と心構えについて書かれた本だ」と感じると思う。もちろん結果的にはそういうことになるのだが、本質は違う。

もし今手元に本がある人は、表紙を見て欲しい。そこには原本のタイトルが英語で書かれていないだろうか。

 

HOW TO WIN FRIENDS AND INFLUENCE PEOPLE

 

これが原本のタイトルである。

日本語のタイトルが「人を動かす」であるのに比べて随分と長い。しかも「AND」で繋がれた2つの言葉であることがわかると思う。

1つ目の「HOW TO WIN FRIENDS」は「友を得る方法」。つまり、他人と有効な関係を築く方法ということである。

肝心なのは2つ目だ。「INFLUENCE PEOPLE」とある。これは単に訳すと「人に影響を与える」となるようだ。この部分が邦題に近い。

 

「人を動かす」と「人に影響を与える」。

この二つの言葉の違いは何であろうか?

 

「人を動かす」、という言葉からは「直接的なコントロール」という印象を受ける。

自分の行動によって、直接相手の行動の変化を促すようなニュアンスがある。極端に言えば、人形を手で持って思い通りにポーズを作るような、強制力を持った印象の言葉である。

 

対して「人に影響を与える」という言葉からは「間接的な」印象を受ける。しかも前者に比べるとはるかにアンコントロールな力である。

自分の言動、成果によって、それを見た他者に影響を与える。まず自分がポーズをとって見せ、相手に自主的にそのポーズをとらせるような、強制力のない印象の言葉である。

 

言葉というのは不思議なもので、口にするとその言葉が持つニュアンスを自分自身が敏感に感じ取り、その言葉の持つ「語感」にこちらが引っ張られる。

例えば、汚い言葉遣いをすれば行動も粗雑になるし、逆に丁寧な言葉遣いをすれば気配りができるようになる。極端に聞こえるかもしれないが、そう思って自分や周りを見てみると納得できるはずだ。いつも部下を叱るような否定的な言葉ばかりつかう上司の表情や仕草からは、優しさや心配りを感じるだろうか?

竹中直人の「笑いながら怒る人」が面白いのは「笑っている顔」と「このやろう」という言葉がミスマッチだからである。言葉と振る舞いが一致する方が自然なのである。

 

このことが、この本のタイトルでも起きているように感じる。

「人を動かす」という一番最初に目にする言葉が、内容の理解云々に関わらず「相手を動かす強制力」という振る舞いに勝手にマッチしてしまうのではないか。

原題や内容からすると、より正確な邦題は「人を動かすための影響力を発揮する方法」のようになるはずである。コントロールしたい他人ではなく、自分自身のことにフォーカスすることがこの本でもっとも重要なことのはずである。「得たい結果に対して効果的な行動は何か?」ということが終始語られているからだ。だからこの本の真の邦題は「自分を動かす」といってもいいかもしれない。元のタイトルとは真逆の印象になる。

 

この振る舞いのミスマッチを防ぐ方法はいくつか考えられる。

一つはこうしてそのミスマッチを自覚することである。

「人を動かす」のではなく「自分を動かす」のだと考えれば、振る舞いは変わってくるはずである。

 

もう一つは、「影響を与える」振る舞いを知ることである。

それはこの本を熟読すれば自ずとわかるとは思うが、そうはいっても「人を動かす」という先入観を得た状態では簡単にはいかないことも多いだろう。

そこで、僕なりのコツを一つ共有したいと思う。

 

この本を実践する上で欠かせないのが「相手の心情を理解すること」である。相手が真に望むことを理解しそれを先に与えることでこちらの要望を聞いてもらう、といったテクニカルな部分に目が行きがちだが、この「相手の心情を理解すること」の勘違いを解くことが大事である。

まず根本的に「相手の心情を100%理解することはできない」ことを知るべきである。特にこういった本を読んだ後に陥りがちなのが、テクニカルなことを気にしすぎるあまりに原則を忘れてしまうことだ。「相手の心情を理解して、望みを叶えてあげなきゃ」と思うあまりに、「相手の心情を100%理解することはできない」ということを忘れてしまう。結果、相手の心を読み間違えた時に「こっちは相手の望みを叶えてやったのに、こっちの望みはきいてくれなかった。この本に書いてあることは間違っている」なんていう勘違いを起こしかねない。

 

そんな勘違いを防ぐためには、言葉の力を借りればいい。

 

「相手はこんな風に思っている ”かもしれない” 」

「”もしかしたら” こう考えているかもしれない」

 

という言葉を使ってみるといいのだ。間違っても「相手はこう考えている ”はず” だ」とか「そうに違いない」などという言葉は使わない方がいい。あくまでも可能性の1つだというニュアンスを持った言葉を使って、自分の脳に言い聞かせるのだ。

さらにそのあとに、

 

「だから自分はこうしてみよう」

 

という言葉を付け加えるとなお良い。

「だから相手にこれをしてやろう」と、相手にフォーカスしてしまうとまずい。言葉が勝手に振る舞いを選んで、相手に責任を押し付けることになりかねない。「だから自分はこうしてみよう」という言葉を使っておけば、上手くいかなかった時にも「自分で決めたもんな。次はこうしてみよう」という振る舞いを、体は勝手にしてくれる。

 

そうやって、「自分を動かす」振る舞いにマッチした言葉を使うことで、「相手を動かす」振る舞いになるのを防ぐことができる。本文で使われている言葉には「相手を動かすように聞こえてしまう言葉」も含まれているので、それを自分の言葉で変換しながら読むと、より安全かもしれない。

 

この本は名著であるし、もはや論語のような古典と言っても良いくらいに磨かれた原則が詰まった本であるが、一つだけ要望するとすれば邦題から受ける印象が変わるようにサブタイトルでもつけてもらえると嬉しい。